家庭内宗教戦争
父親は無神論者、母親は金光教、娘は他宗教を信心している家庭がありました。
ある時、父親が交通事故に遇い、重症を負い生死が危ぶまれました。医師に命を委ねながらも、母親と娘はそれぞれが信じる神様に、一生懸命に願いました。
神々にその願いが通じたのか、奇跡的に父親は一命を取り止め、数月後には退院することが出来ました。本人はもとより、母親も娘もその喜びは大変なものでした。母親も娘もそれぞれが信じる神様に深い感謝の祈りを捧げました。
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ところが、日がたつにつれて、母親と娘は「お父さんが奇跡的に助かったのは、自分が信心している神様のおかげだ」と、お互いに自分の信仰の優位を主張して言い争うようになりました。
もとより、結論が出るような性質の話ではありません。家庭内宗教戦争になってしまいました。どうしようもない反目の中で、それではお互いの信仰の指導者を訪ね、どちらが正しいか、伺うことになりました。
母親は岡山県にある金光教の本部へ参拝し、教主様にことの次第をお届けをした。
教主様はニコニコと笑いながら母親に、
「そうじゃなかろう。どちらの神様のおかげかというのが問題ではなく、ご主人がめでたく回復されたという事実が大切なのであろうが。つまらぬ我を張ってどうなりゃ。それから先は要らぬことじゃろうが……」
と諭されました。
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どうして、このような宗教戦争が起こるのでしょう。自分が信心する神様を大切に思うというのは、尊いことではあるが、本当の神様の思いを頂いていないことになる。
神様は『人間が助かってくれれば、神が助かる』、『人間が助からねば神も助からない』と教えておられる。更に教祖様は、
『人のことをそしる者がある。神道はどう、仏教がこうなどと、そしったりする。自分の産んだ子供の中で、一人は僧侶になり、一人は神父になり、一人は神主になり、また、役人になり、職人になり、商人になりというようになったとき、親は、その子供の中でだれかがそしられて、うれしいと思うだろうか。他人をそしるのは、神の心にかなわない。釈迦もキリストもどの宗祖も、みな神のいとし子である。』
と教えている。
(H7.4.27 一般配布168号)
ハッピーホルモン
先日、昼食時にテレビを観ていると、聞き慣れないホルモンの名が言われていた。それは『ハッピーホルモン』とか言う。解説者の言によると、
この『ハッピ−ホルモン』は、人間の感情によって脳の中に出てくるホルモンで、嬉しいと思ったり、有り難たいと思った時に出るそうである。そしてこの『ハッピーホルモン』は、脳を良いように刺激し、アルツハイマーの予防や、ガンの予防をしてくれるそうである。更に、このホルモンは『愛想笑い』でも出てくるそうである。
この話を聞きながら、人間をお造りになられた神様は、人間が喜び、有り難く思う生き方をしてくれることを、願っておられるのだと思わされた。
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二カ月程前、関東の方で講演をした。それからしばらくして、私の話を聞かれた人が、家族連で扇町教会を訪ねてこられた。四十代のご主人と、三十代後半の奥さん、そして、小学生の女の子であった。いろいろと悩みを持たれ、特に奥さんが、イライラがつのり、愚痴や不足が出て、どうにもならず、自分も苦しみ、周囲にも迷惑をかけ、自分で自分の心をどうしょうもない、と言うことでした。
奥さんの話を聞いて、この人は心の栄養失調になっていると思いました。そこで、
「奥さん、そのイライラを直すには一つしかありません。『クソッ!』と思ったら、『クソッ!』と言うかわりに、顔が歪んでも、『有り難とうございます』と、声を出して言いなさい。
それを一ヵ月続けなさい。そして、最寄りの金光教の教会を探して、出来るだけ参拝し、先生からお話を聞いて、喜ぶ材料を捜す稽古をして下さい。そしてお礼を言う稽古をして下さい」
と言いました。
それから、一ヵ月が過ぎた頃、その奥さんから電話がきて、「先生、有り難とうございました。半信半疑で、『クソッ!』と言うかわりに、顔が歪んでも、『有り難とうございます』と、声を出して言っていると、イライラが無くなり、近所の教会へ参拝し、お礼を言う稽古をしていると、毎日が有り難くて、生き生きしてきました」とのことでした。
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金光教教祖は『おかげは和賀心(わがこころ)にあり』と教えています。『和賀心』の『和』は『和らぐ心』、『賀』は『賀正の賀で、喜ぶ心』であると諭しています。
人間は日々の生活の中で、有り難い思う心より、愚痴不足を思う心の方が多いようです。有り難い思う心は、稽古をしなければ出てこないようです。信心はこの稽古をすることです。
人間を『神の氏子』として、生命をお与え下されて神様は、人間が喜び、楽しく、生き生きとして過ごすことを願っておられます。
貴方も、有り難い思う心の、稽古をしてみませんか。
(H7.8.26 一般配布172号)
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