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子供が死んでも、不足を言うな

 子供が死んでも、おかげがなくて死んだというような不足を神へ向けてはならない。先祖代々私どものめぐりでこういうことになりましたと、お断り申すようにせよ。(『天地は語る』二四一)

 今のみ教えは大変に厳しいみ教えで、「子供が亡くなっても、不足を言うな。めぐりの取り払いをしてやってるんじゃ」と、厳しいみ教えであります。ただ単に理屈やなしに、教祖様ご自身が多くのお子さんを次々、次々と亡くされて、一体どうしたらいいんやろうかという、悲痛悲嘆に暮れて、嘆き悲しんで、その中からご信心をしてゆかれた、この教祖様の実体験なんですね。たったこれだけの言葉なんでありまするけども…。
 そうして見ると、命いうのは本来「いくつまで生きます」とこちらで決めることできんもんや。皆、生かしてもらうだけ。「ご寿命です」と言われるが、九十やから寿命なのか、二十やから寿命なのか、それも解らん。命いうのはそういうもの。皆、信心いうのは、この命からものを見さしてもらうのが大事なんですね。ああじゃ、こうじゃと、色々なことを申しますけれども、命無くなったら、終わりや。そうしました時に、それぞれが生かしてもろうてるこの命いうのは、自分の自由にならんことなの。
 しかし、今度逆に、人間側からとると、子供が先逝かれてしもうたらたまらんわな。「それが自然というものや。いついくか解らん。それぞれ寿命を頂いてるいうのは、そういうもんや。」それに文句言われへんねん。言われへんけれども…。今度は人間側からとると、かわいい子供が先逝ってしまうと、もう泣きの涙で暮らさないかんという事実がある。
 さあ、そこで大事なことなんですね。ここが、おかげを受けていくか、いかないかの、根本なんです。いくつで死んでも文句言われない。文句言うことが出来ない我々なんであるけれども、そこを次に押して、「そうではございまするけれども、何とぞ、順々に逝かせてやってくださいませ」というお願いをさせてもろうていく。これは、常にさしてもうておく。ところが、うまいこといってる時は、そんなこと思いもせんわな。「ええ、まさか」というようなことがある。
 病気で亡くなる子もあれば、交通事故で車に引かれて、亡くなってしまうこともある。時代時代によって、亡くなり方は色々に違いますけれども、現実に命が亡くなってしまう事実がそこにある。「ええ、まさか」。非常事態が起こって「ええ、まさか」となって恨むようなことになる。常日頃から命というものは、そのように、こちらの自由にならんもんであると。腹入れが出来て、「どうぞ、そこのところをよろしゅうお願い申し上げます」と願ごうていかないかんねんな。健康でいてる時、誰もそんなんこと願えへん。今日生きたら、明日も生きられる、明後日も生きられる、当たり前のことになっておるんやね。危ないこっちゃ、そこが大事なの。


 信心の初代、教会の初代だけではなしに、信者さん方の初代は、大概、子供さんを先に死なせている。そして、ご信心に入って、めぐりのお取り払いを願ごうて、人助けをして、神様の御用に立たしてもろうて、今までのめぐりの取り払いをさしてもらう。すなわちマイナスやな、負債みたいなものやな。負債を返してゼロにして、そして次の代に渡していってる。
 そやから、初代の信心は熱心やった。ほんまに熱心である。しかし、それぞれの初代自体が信心して、ええ目はあんまり無かった。血みどろの信心してる。ところが、二代、三代になってくると、初代の信心の徳によって順調よう、順当よう、いかしてもうてきている。ところが、これが解らん。順当が当たり前になってしまう。また、大体「親苦労、子楽、孫乞食」で、三代目からやり直ししてるね。
 大事なことは、いつ死んでも文句言われへんのや、ということだけ確かや。こっちの自由にならんのや、ということだけ確かや。しかし、こちら側として、人間側として、それではちょっと困りますということを、しっかり腹入れして「そこのところをよろしゅう順番、順番にならしてもらいまするように」とお願いをしていかないかん。そして、徳を積ましてもろうていく。
 そこが皆見えてないのね。そやから、常に命から物事を見さしてもろうていくいうことが、大切なことです。またこの話ししだしたら、いくらでも体験があるので長うなってしまいます。またぼつぼつとお話さしてもらいまするけれども。毎朝参ってるご信者さんのお母さんは、子供さん三、四人ほど死なせているんの違うかな。それがおかげ蒙って次の代になってきておる。それは、すごいものです。
 そういうふうに、命の元から見さしてもうていくいうこと。大事なことは、いつコロッと逝っても文句言えないということ。決めることがこちらの自由にならんと言うこと。そういう命であることを解らしてもうろうて、そして「そうでは、ございましょうけれども…」というお願いをあえてさしてもうていく、いうことが大事なことかと思います。有り難うございました。

(平成十年八月十七日)


お金って一体なに?

 私たちは日々生きてる中で、貨幣、お金とというものが、大切なものであるということが解らせてもらい、このお金というものが非常に便利なもので、昔は、物々交換いうてね。山の人が大根もって海の人の所行って、お魚と代えてもらうという物々交換をしてた。それをして生活をしてたんですが、ところがその代わりに、お金というものが出来、大根は百円、サンマも百円とその価値を決めたら、大根持ってうろうろせんでも、サンマ持ってうろうろせんでも、手軽なお金を持って物々交換の代わりに、間に立ってそれが出来さしてもらうようになった。これ、人間の大変な知恵ですな。貨幣を造った、お金を造ったいうことは。
 しかし、よく考えてみると、大事なことは、そのお金の元は、大根を持って一生懸命に海まで行ったんやな。大根を作ったという労働、働きがあってこそ、大根なんですわな。ところがお金になってきたら、それがちょっと解らんようになってくる。「金さえあれば…」とこうなる。これが危ない。
 山の人は一生懸命に大根を作って、労働、働きがある。作った大根を海へ持って行って、漁師さんが船を出して、一生懸命に漁ををしはったお魚と交換したんやな。必ずそこには、労働という働きというものが必ずありますな。ところが、お金になってきたら、貨幣になってきたら、それが関係なしに、金さえ持ってたら、なんでも手に入りますからな。ええ。その奥にあるというか、代表されるお金の価値を裏付ける労働、働きというものが見えないときが時々ある。これが怖い。
 今日の日本の経済が全部それでしたな。バブルがそうでした。コロがして儲けよう。これがそうでしたな。ここが危ない。必ず、その裏付けとして働きとか労働とか、生み出すというもんがあってこそ、そのお金が、お金としての値打ちがありますんやな。そうせんと、ただ単なる紙切れや。ただ単なる紙切れになってしまうわな。それがなかったら、というふうに、そこのところが非常に間違え易い。よう狂うてしまうところですな。
 そうしてみると、お金というものは、一体何なのか。お金で確かに物は買えるんやけれども、お金ってなんやろうか、と解らしてもらえる人間にならんと、天地の道理に反してきますな。そこのところなかなか解ってない人が多くてね。「お金があったら、ええねん」と思てしまうからね。そこのところを、よく味あわせてもらわないかんことと思います。有り難うございました。

(平成十年八月十八日)

もう辛抱の棒、折りました

 何事も辛抱が大切である。信心においてはなおさらのこと、辛抱が弱くてはおかげが受けられない。中には、やけを起こして信心をやめる人がある。気の毒なことである。車でも心棒が弱ったり折れたりしたら、車が回らない。辛抱をしないで幸せを得た者は、あまりない。漁師でも農民でも商人でも、辛抱のない者は出世ができない。漁師や農民には風雨の天災があり、商人は損をしたりして、不幸せなことがある。それを辛抱していかなければ、幸せにはなれない。信心するにも辛抱が大切である。その証拠には、神殿のお扉を開いてみよ。ご幣か、み鏡のほかは何もない。ただただ、信心の辛抱でおかげが出るのである。神からおかげが出ると思わないで、信心からおかげが出ると思って、信心の辛抱を強くせよ。(『天地は語る』二五五)

 ただ今は、辛抱という御理解を頂いたんでありますけど。
 私が子供の時分でありました。母親がまだ、元気な時分、ちょうど終戦間無しで、このお広前もやっとこさ昭和二十四年に復興出来て、復興出来たというてもバラック建てで、屋根に瓦が無い。天井板が無い。壁に土無い。窓にガラスが無い。床に畳が無い。電気も無ければ水道も無い。もちろんガスなどあろうはずが無い。というような柱だけのような掘っ建て小屋が、昭和二十四年に復興いたしました。両親は喜んで、一生懸命に御用いたしました。ところが、戦前のご信者さんは、皆チリヂリでネ。疎開したり、どこ行ってしもうたか解らんようになってしもうたり、全部チリヂリで、全くゼロと同じような案配でありあます。
 そういう時に戦前のご信者さんが、尋ねて来られました。「はあ、お元気でしたか」ということで、女のお方が来られた。そのお方が、子供さん亡くされたこともあって、辛いことがようけあって、こういうふうに言われた。「もう辛抱の棒、折りました」言うて。辛うてね。「辛抱の棒、折れました」と、そういうふうにおっしゃる。すると母親は、私は側で聞いておって、側で聞くいうても部屋が一つしかあらへんのやからな。お広前と隣の四畳半しかあれへんのやから。
 母親が「そうですか。私は辛抱の棒が強くなりました。太くなりました。あなたは、辛抱の棒、折りましたか。私はどんなことが出来てきても、驚くことも何もありません。辛抱の棒が太くならしてもらいました」と言うたことを子供ながらに、聞いて覚えてる。小学校の一年生、二年生の程度の時分ですかな。


 そりゃ、両方とも大変辛い目になって、しんどい目になっておるのに、片一方は「辛抱の棒折ってしもうた。もう嫌」というつやな。プッツン切れたいうやつな。「もう嫌。こんな辛いのもう嫌」いうのやね。
 片一方は「もうどんなことが起こってきても、もう心配はいたしません。辛抱の棒が太くなりました」。どこが違うんやろうね。全然正反対なのね。どっちも辛いことは確かやねん。片一方は、「プッツンで、もう嫌」。片一方は、「辛抱の棒が太くなりました。どんなことが起きてきても、びくともしません」。という。
 これはね、同じように信心してるんですよ。同じように信心してる。プッツンの方、もう嫌いうことは、土台に自分があって、自分が上手いこといくようにとか、自分中心があって、それが上手いこといくように、神様に拝んでる信心の仕方。そやから、上手いこといかなんで、こんな辛いことあるんやったら、私もう嫌。プッツンになる。
 もう一方の方はどうかと言うと、先に神様があって、その神様に使うてもろてる。生かしてもろうてる神様が、今、命与えてくださってるんやから、それを頂ききっていこうとする辛抱なの。この辛抱がここまできたら、もうどんな辛抱でも出来まっせと。土台が違うのね。土台が自分が先なのか、自分を中心にして、自分の生活が上手いこといくように、だから神さんお願いしてますねん。そして、問題が起こって、次々と難儀な辛いことが起こって、「もう私は、もう生きていく力も何も無くなりました」言うて辛抱の棒、折りはるねん。
 もう一つ別の言葉で言うたら、「神も仏もありますかいな」というこっちゃ。別の言葉で言えば、「もうあかん。もうダメ。こんな辛いのもうダメ。神さんも一生懸命にお参りしたけども、もうダメ。辛抱の棒、折りました。」
 片一方は「何もかも全部無くしましたけど、まだ、神様お使いくださいますか。有り難うございます」がある。「まだ、生かしてもろうております。大勢の人が亡くなりました。肉親も亡くしましたが、私はまだ、今日、生を受けておりますと。命を受けております。まだこの命お使い頂けますか。有り難うございます。もうどんなことでもさせて頂きます。」この違いな。
 ここが、大きゅうおかげ頂いていくかの、分かれ目になる。天地に生かされてる命。「天地のいのちに生きるわれとして…」と、『よい話をしていく運動』の願いにありますように、そこが腹入れというか、信心の質やな。信心の質がそういう質にならしてもろうたら、することなすこと辛いことすべてが、良い方へ展開のおかげを蒙っていく。
 ところが「嫌や。またこんなこときよった。嫌やー。嫌やー。もう来んといて、向こう行って、私あんた嫌いやねん」言うて…。「来はった。もう嫌、プッツン」と…。
 「そうですか、今日も生かしてもうろてますか。何にも出来ませんが、どうしょうもないか知らんけれども、その中でお使い頂きます。今日も御用に使こうてやってください。こんな状態でよろしゅうおましたら…」


 そうでしょう、無い無い尽くし、教会としての体裁もあったもんやない。無い無い尽くし。こんなもん教会と言われへん。「それでも御用に使こうてくださいますか。食べ物ありません。亡くなったら、神様の元へ行かしてもらうだけのことです。」それだけのこと。腹が座りきってある。「もう食べるものもありません。その時は神様の元へ行かしてもろたら、よろしゅうおまんねん。はい。」それだけのこと。爆弾で死ぬのも、空襲で死ぬのも命、ご飯無くなって死ぬのも命、病気で亡くなる命、全部天地の神様からの命。その命あらん限り、御用に使うて頂きます。食べるもの無くなったらしゃあない。その時は神様が「こっちおいで」言いはる。「はい、はい」と行かしてもらいます。「はあ、今日も命頂いてる、今日もお使い頂きます」と。「辛抱の棒が太くなりました」。こっちは、「もう折れました、もう嫌です」。この全面的違いますね。腹というか、質というか。
 そうですね。母親から、愚痴不足を聞いたことが無いですね。父親からもそうですけども。両親から愚痴不足を聞いたことが無い。有り難いことやなと思わさして頂きます。
 私の方がブツブツ言うてるかも解らへん。話が変わるけど、ブツブツ言うてるのは自分で知らず知らず言うてるのね。あれは、言うてるつもりないんやけども「暑いな、暑いな」と一緒や。「暑いな」と言うてるつもりはないんやけども、勝手に出てくる。ブツブツもそう。しかし、側から聞いてるものは解るからね。側で聞いてて、両親がブツブツ言うたの聞いたことが無い。一緒に生活してて、ブツブツ不足言うたの聞いたことが無いですね。というふうに私は幸せやと思います。有り難うございました。

(平成十年八月十九日)