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学校へ通わん子よりも、通うてる子の方がそれなりに…

 信心はたやすいものであるが、みな人間からむずかしくする。三年、五年の信心では、まだ迷いやすい。十年の信心が続いたら、われながら喜んで、わが心をまつれ。日は年月のはじまりであるから、その日その日のおかげを受けていけば立ち行くことができる。たやすく信心をせよ。(『天地は語る』九七)

 信心に連れはいらない。ひとり信心せよ。信心に連れがいれば、死ぬにも連れがいるであろう。(『天地は語る』九九)

 「三年、五年の信心では、まだ迷いやすい。十年の信心が続いたら…」と言われますが、十年でしっかり信心の根が張ったら、優等生の信心でしょうな。何十年経っても、ふらふら、ふらふらと、自分の得手勝手の都合で信心してますな。「我が身は神徳の中に生かされてあり」知ってま。知ってまんのやけど、ふらふらしている。腹に入りきることが大切。
 先ほどの、み教えの「信心に連れはいらぬ。一人信心せよ。信心に連れがいれば、死ぬのにも連れがいろう」と。これはどういうことかいうと、森やら林を見ると多くの木が生えております。我々人間が見たら、多くの木が生えてるなあと思う。しかし、一本一本が大地にしっかりと、根を下ろしているんですよ。
 ところが、人間は社会集団というものがある。教会とか、教団とかでも一つの集団がある。そうして集団があったら、周囲の人の方へ、目がいってしまう。人間はすぐ人の方へ目がいく。自分がしっかりと大地に、すなわち神様に根を下ろすということよりも、人の方へ目がいく。「誰々さん、あんなんやで。こんなんやで。教会はあんなんやんで」そっちの方ばかり目がいってんねん。
 林の中には松もあれば、紅葉もあれば、色々なのがある。また森の中にも色々な木がある。「なんで向こうは紅葉やねん」言うたかてしゃあないねん。「わしら年がら年中、葉っぱ落ちへんけど、あいつら秋になったら、葉っぱ落ちるやないか」と文句言うてるかもしれん。
 人間も集団の中に生きてますからね、社会という、あるいは国家という大きな集団、あるいは家庭や、会社、地域など、人間は人間の中に生きておるんですから、その周辺ばっかり見るの。これが信心を落とす一番の元です。確かに、周辺はいてるんやけども、一本一本の木は、きっちっと大地に根を張ってこそ林であり、森やねん。ここが、解ってない。
 この根を張るのに、よそばっかり見てるものやから、根を張られんようなってしまう。そこを、教祖様は「天地金乃神に一心に願え」と。「一心」とは「一つ心」。天地金乃神様に一つ心なの。人にうろうろせいとは言うておられない。神様に一つ心。ところが、「あの人がこうした、ああした、うわー、うわー」と。ほとんどの人は、まあ十年信心しはってもあきませんね。よっぽどしっかりと腹据えたご信心でないと、三年、五年どころではなしに、何十年信心しはっても、死にはっても、解らずじまいでね。フワーと流れてしもうた人が多い。そこを教祖様は「千人に一人の信者がおるかな」と言うておられるのも、そういう厳しさですかな。


 としてみて、なかなかそうなりにくい。しかし、そういう自分であることを自覚して「こんな私ですが、よろしゅうお願いします」とお願いしていったらいいねん。そこだけしっかりつかんどいたら、まあまあ十年があかなんだら、二十年。二十年があかなんだら三十年と。神様がかっこつけてくれはる。千人に一人の氏子になるというのは、なかなかなれん。「ようけお参りやが、千人に一人の氏子がおりますかいなあ」と、教祖様はおっしゃっておられるんですけど。なかなか千人に一人の氏子というのは難しい。自分は、千人に一人の氏子はどうも無理やな思たら、その他大勢のくちでございます。しかし、助けてもらわねばなりませんと。その他大勢でございますけれども、神様のご機感にかなうような氏子になっておりませんけれども、どうぞよろしゅうにと。
 そこで、いつも私が言うてるように、学校へ通うて、百点の子から〇点の子まである。しかし、〇点の子でも、学校へ通うときゃ、なんとかなってくる。〇点やからいうて、学校やめたらそれで終わり。学校へ通わん子よりも、通うてる子の方が、それなりに、なんとか身に付いてくるものですね。
 そこのところをよく腹入れして、「三年五年ではまだ迷いやすい。十年の信心が続いたら…」と、その続きに「一人信心せい」と出てるでしょう。えらい話が違うように見えますけど、全部同じ教えなんです。神様へ根を張れという教えであります。天地金乃神に一人一人がしっかりと根を張らしてもらう。そして、集団を形成するということですね。しっかり根を張っとかんと、人の方ばかり目がいく。右往左往して一生終わってしまわないかん。天地の命を頂きながら、その命を、終わってしまわないかんことになってきます。そこのところをよう腹入れをさしてもらう、おかげを蒙りたいと思います。有り難うございました。

(平成十年七月十九日)


天地自由自在に遊ぶ

 神を信じる者は、何をするにしても遊ばせていただくのである。広前の奉仕で遊ばせていただき、商売でも農業でも遊ばせていただいているのである。みな天地の間にうれしく、ありがたく遊ばせていただいているのである。(『天地は語る』一〇四)

 「遊ばせて頂く」ということでございますが、今の日本人は遊ぶのが上手になって、遊びたおしてるんでありますが、ちょっと前まで日本人は遊ぶのが苦手でしてね。「勤勉実直」言うてね。それが日本人の美徳でもあって「ああ、勤勉である。実直である」遊ぶということは、一つの「罪悪」のような時代がありました。「あそこ遊んではるでー。遊びに行きはんでー。まあ。」というふうにね。遊ぶということが罪悪であったり、非常に苦手であったりした。「あそこは、休みの日でも働いてる。えらいなあ」とこうなんるねん。
 ところが、西洋の方は反対に、働くのは遊ぶために働く。休暇のために働く。良い休暇を過ごしたいために働く。基本的に、全面的に西洋と違う。その代わり一生懸命働いて、良い休暇を得るように。エンジョイ出来るようにと。日本人は逆に勤勉実直。遊ぶということは罪悪である。こういうふうに、ずっと千年以上、きたんですね。朝は朝星、夜は夜星というふうに働いた。
 がしかし、戦争に負けて、西洋の思想がワーッと入ってきた。そうすると、コロッと変わってしもうて、「遊ばないかんねん。遊ぶことがええねん」というようにゴロッとひっくり返ってしもうた。それで、どうしてさぼるか、どうして手抜きするか、どうして遊ぶか。そればっかりに目が向いていった。
 西洋のエンジョイをする、豊かになる、豊かな生き方をしたい。とは、ちょっと質が違う。向こうは、千年以上の歴史をもって、レジャーという遊ぶということを、積み上げてきた。だから、ものすごく遊ぶこともスマートであります。例えば、自宅で、近所の人とバーベキューしたり、その中で人と人のコミニュケーションをものすごく大事にしたりと、そういう遊びがある。
 その反面、日本人が戦後ひっくり返った遊びは、「気まま」なのね。好き放題いうやっちゃ。同じ遊びでも、えらい違いじゃ。勤勉実直が今度逆になってな。戦争でみな価値観が、コロッと大反転してしもうた。そういうことで、遊ばな損やねん。気まま。「遊び」と「気まま」とごっちゃになってしもうてる。という、今の日本人の遊び方ですね。お金パッパ、パッパ使こうてな、高度成長もあったんやから、お金使いたおすのが遊びと思うてる。


 ようありますやん、変な話やけど、「○○ツアー」いうて東南アジアへ「買春ツアー」いうて女の人を買いに行く。西洋人が見てビックリしたいうねん。旗持ってな、女郎屋さんへ行くねんな。西洋人でも行かんことはないけど、あれは、そうっと行くもんや言うてな。旗持ってな、ズラズラッーと並んで、「さあここで女、買いまっせ」言うて…。それで女郎屋さんで、品定めするんやな。私は行ったこと無いから、耳年増で聞いた話やけど、当時千円札を飛行機にして、ピュウと飛ばすと、「ワアー」言うて女の人がたかるの。それを、大騒ぎしてるけども、それを苦々しく見てる、その国の国民がいてるはな。これが日本人の遊びになってしもうた。
 「はい、皆さん、女郎屋さんですよ。ここで女買えまっせ」言うてな。難儀なこっちゃな。変な話やけど、おばちゃんたちも、今度「男買いツアー」がある。これまた、旗持って行くねん。おもろい言うか、アホ言うか、バカ言うか…。日本人の遊びそんなの。
 西洋の人の遊びは、人と人とコミュニケーションをとり、家族中の団らん、近所の人との交わりをもち、体を良くするため、体をリフレッシュしたりという遊び。ところが日本人は、遊びを知らなかった。勤勉実直で。それがコロッとひっくり返ってしまったから、そんなんになってしもうた。哀れなもんや。これまた、夏休みでアホな遊びするの、ようけ出てきまっせ。
 教祖様の言われる遊びは、そんなもんじゃない。日々生きていることが、仕事さしてもろてることが、あるいは、よしんば遊んでることが、我も助かり人も助かり、命がいつも、生き生きリフレッシュして有り難いことやな、有り難いことやなと。人様から見たら、大変やなと思われるけれども…。全然違うんですね。
 例えば、こうして私御用させてもろてますわな。高橋君もそうです。年中無休ですわな。これ私は、勤勉実直という発想で御用をしてるんじゃない。御用さしてもらえるのが有り難いから、御用さしてもらう。信者さんの方は、先生はそんなもんじゃと思ているんやな。自分は遊びに行ってもな。おもろいな、人間の考え方は…。「あれはあれ、こっちはこっち。先生は御用するもんじゃ」という発想になる。「同じ人間じゃ」と思うがね…。
 そうと違う。それは私自身の問題であってな。皆さんの問題とは違う。皆さんは「年中無休に御用くださるな。有り難いなあ」と思うわなあかんねん。ここが、ごっちゃになってしまう。面白いものですね。
 知ってるということと、正しいということと、間違えとることがようけある。気を付けないかんですね。間違うたら、ろくなことあらへん。そういう意味で、日々生かしてもろてることが、有り難いこと、うれしいこと、それが天地自由自在になっていくということ。
 昔の勤勉実直は、仕事に縛られていた。戦後の遊びは、遊びに縛られてるの。お金と遊びに縛られてる、一つも天地自由自在になってない。本当に遊ぶいうことは、天地自由自在、別の言葉で言えば「天地日月の心になること肝要なり」とおっしゃる。仕事に縛られない、遊びに縛られない、天地自由自在、天地日月の心を頂かしてもろたら、有り難いことと思います。有り難うございました。

(平成十年七月二十日)

迷い信心ではいかぬ。一心と定めい。

 信心は大きい信心がよい。(『天地は語る』一一〇)

 今「信心は大きい信心がよい」というみ教えを頂きましたんですが、これの下にもう一つお言葉がついている。「大きな信心がよい。迷い信心ではいかぬ。一心と定めい。」とセットになっているんです。『天地は語る』では、その下の言葉は入れておられませんけど…。
 普通、「大きい」との対比語は「小さい」ですわ。大きい信心とくれば、小さい信心ではいかぬとこうなる。ところが、教祖様は「大きい信心がよい。迷い信心ではいかぬ。一心と定めい。」大きいの対比語に、小さいともってこられんと、「迷い」という言葉をもってきておれます。これはどういうことなのか。「大きい信心って何か」というこっちゃ。
 大きい信心というのは、自分中心やなしに、神様の思し召しに生きて行こうと思う信心。小さい信心いうのは、自分中心のことばっかり思てる信心。そうすると、自分の思い通りにならなんだら、迷いが出てくる、ダメになるとこうなる。
 教祖様はわざわざ「大きい信心がよい。迷い信心ではいかぬ。一心と定めい。」一心とは、「一つ心」。一つ心に定めい。あちこち、ウロウロするな。一つ心に定めい。つい、ついと、「あっちええかいな」。向こうが賑やかやったら、ヒューと目いくねんな。向こうが豊かやったら、豊かな方へ目がいくねんな。どうも人間いうたら…。あれなんでいくんやろうね。我は我なり。彼は彼なり。という心持ちになったらええのやけど…。ヒューと「あっち、ようもうかってんな」。お商売でも、一生懸命がんばっているようやけれども、「あそこ、今度上手いこといっとんで、それ行け」と行ったのがバブルでしょうが…。シューとダメになってきてる。
 そいうふうに、その時は、はりきってやってるように見えるけども、ちょっと十年、二十年という目で見たらね、「ああ、何やってはんねんな」ということになる。


 この梅田の街は、賑やかなとこや。「ええな、こんな所で商売出来たらええな」「こんな所ええな」言うて出てきはるけれども、まあ入れ替わりの激しいこと。
 私、御本部学院に行かしてもろて、一年経って帰らしてもうた。「あっ、ここ、寿司屋やったのが、こんなになっとる」「あそこが、こんなになってる。あらまあ…」いう感じな。それで、帰って来て、一風呂浴びるわ言うて、学院では大きい風呂なもんで、「大きい風呂入ってくるわ」言うて、そこの角の「松の湯」という風呂に行った。洗面器持ってね。そしたら、なんのことわない、キャバレーに変わってはんの。あらまあ…。洗面器持っていって、キャバレーに変わってもうた。「いらしゃいませ」がキャバレーに変わってもうた案配ですな。
 今から十二、三年になりますかな、この辺一帯がピンク街になりましてな。スポンポン喫茶な。それはもう、流行った、流行った。オールピンクになりましたね。「あだ花」。また、そのあだ花にのるんやからおもろい。「あれ儲かるな」と…。結局、何にも身に付かずということ。
 一心に定める。一つ心に定める。大きな信心がよい。迷い信心ではいかぬ。一心と定めい。大きな信心は神様の思し召し、天地の道理に生かして頂こうという、信心をさせてもろたら、迷うことがない。ところが自分中心の、自分の都合のところの信心をすると、思い通りにならなんだら、迷いが出てきて右往左往する。そうゆう面では、人間弱いもんじゃなと思う。しかっり、信心の帯をさしてもらわんと、ふらふら、ふらふらしてしまうもんじゃと思います。有り難うございました。

(平成十年七月二十一日)