トップページ 写真館 本・ビデオ おかげ 扇町教会とは リンク

形が決まって、中身が抜ける

 世の中に宗教がたくさんありまして、こういうお祭りの仕方をする、こういう唱え言葉をする、こういう儀式をするという形があります。ご葬儀などをさしてもらいます時に、そこの親類の方から、「金光さんでは、どのようにしますんですか。何をお供えするんですか」と儀式の仕方などを、先にお聞きになる人が段々にあります。無理のないことでして、それぞれの宗派の流儀、流儀があります。そういうところから、「どういう具合にするんですか」と質問されます。その時、私困るん。
 「何お供えしたらいいんですか」
 「なんでもええですよ」
 「何でもええです」と言うたら、向こうが困まります。「生前好きやったものをお供えさしてもろたらよろしいが…。」
 「魚でもですか。」
 「お魚でもお供えさしてもろたらええがな」
 「ええ、生臭いものを…」
 とこう言われる。そういうふうに信心の無い人は形を見よう、形を整えようとします。無理のないことですが、教祖様は形はとんと言うておられない。形はゼロに近い。


 あるお方が、教祖様のところにお参りなさって、百姓でございまして文字をよう読みません。お唱えの言葉もよう解りません。どうさしてもらえばよろしいでしょうか。とお尋ねすると、
 教祖様は「あんたお百姓さんやな。お百姓さんやったら、米と麦は言えるやろ」
 「はい言えます」
 「ほんなら、『米一升、麦一升』言うてお願いしなさい。それを唱え言葉にさしてもらいなさい。『米一升、麦一升、米一升、麦一升…』言うて唱えさしてもらいなさい。」
 このようにおっしゃる。
 「お供えものは、どうさしてもろたらようろしでしょうか。線香がよろしいでしょうか。ろうそくがよろしいでしょうか。線香は仏さんやし、ろうそくは神さんやし…。」
 「線香でもろうそくでも、神様にお供えさしてもらいたいという真心でお供えさしてもらえたら、それでよろしい。お供えさしてもろうても、お金が無かったら、お供えできん。そうすると、一本の線香でも、半分に折ってお供えさしてもろたらよろしい。二本として神は受け取ってやる」と、このように仰せになる。「その線香さえ買うお金が無ければ、『切り火(細い縄に火を付けるもの)』でもお供えしたら、神は受け取ってやる」とそういうふうに、形にとらわれていない。


 ところが、人間というのは形が無かったら、落ち着かんところがあって、教祖様が亡くなって金光教としての一つの集団組織いうものがどうしてもいる。その当時、神道形式しか許可をしないと言われた。そういうことで、金光教は一応、明治十八年、神道形式をもって、儀式を整えた。
 私が小さい時、お宮さんで唱えてる大祓の詞「高まの原にかむずまります、かむろぎ、かむろぎ…」を唱えていた。あれは「祓いの詞」言うねん。「祓いの詞」がずっと長年、金光教の唱え詞として使わしてもろうていた。それで、ご神前の格好もお社の格好ですね。
 その当時の明治政府が、神道以外は認めないという、厳しいお達しがあって、教祖様は般若心経もあげられていた。「なんでもええんや。真心が神様に届かないかん。何でも知ってるもの、あげさしてもろうたらええねん。それでもあかんなんだら、『麦一升、米一升…』とあげといたらええねん。神様に届かないかん」と言うこと。ところがやっぱり宗教となってくると、お上の認可を受けなければならん。特に明治政府は締め付けが非常にきつかった。
 例えば、「生神金光大神」という教祖様の御神号を、この戦争が終わるまでは使えなかったんです。「生神」というのは「現人神(あらひとがみ)」=天皇さんのことやねん。「生神とはここに神が生まれるということである」と、我々に教えてもろうてる。「みな生神になることが出来る」と教祖様が教えて下さっておられる。ところが、戦前はこれを使うことが出来なかった。天皇さんが「現人神」、生きた神は天皇しかないんだ、ということで使うことが出来なかった。という時代、時代の厳しい締め付けがあったり。締め付けいうのは形の方やな。そやからこの百年以上、形は神道形式をもってしたんですけど、歴代金光様、各先生方が、形は神道をとっておっても、その信心は神道と違うんだと。有り難いことですね、どこまでも天地自由自在なる、教祖生神金光大神様のご信心を貫かれる。
 普通、形が決まってしまうと、中身が抜けることがよくありますねん。形が決まると、中身が抜けたり、中身が変わってしまうことがよくあります。有り難いことに、二代金光様、三代金光様、四代金光様とずっと、何が大事かというお取次をしぬいていかれた。形は、神道形式なんですけど、どこまでも天地自由自在なるもの。
 今から、二十年程前にやっと金光教として形を作らしてもろうた。唱え言葉も、出来さしてもろうたのが、この神前拝詞とか霊前拝詞というもの。お祭りも御本部へお参りしたら解ると思うんですが、神殿に何も無いでしょう。神道形式のものは全部外しました。箱というか、ただ空間があるだけ。そこに天地書附が掲げてあるだけ。何にも無い。天地自由自在、ほんとに自由自在であります。ここにくるまでに百年以上かかっとる。


 「先生、金光教は神道ですか」と聞かれる時があります。私はよく言うんですけど、その時に「キリスト教は神道ですか、仏教ですか」と言う。「キリスト教はキリスト教ですと」「そうです。金光教は、金光教なんです」と。金光教は神道と違うん。金光教は金光教なの。教祖様は神道なんか一つも教えておられない。しかし、明治時代の国家の締め付けによって、確かに神道の形を借りました。唱え言葉もそれでした。ですから神道ということになっておるんですけれども、神道じゃない。どこまでも、金光大神が教えられるのは神道でもなければ、仏教でもない。まさに天地開闢以来初めて開けた、人が助かる、神が助かる、神と共に助かっていく、大きな大きなご信心をお解きになられた道であります。神道でもなければ、仏教でもない。キリスト教でもない。まさに、天地そのものを教えてくださる、お道であります。
 そういう大きな大きなものですが、とかく人間が形の方ばっかり目がいく。形が決まったら、これ神道じゃ、これ仏教じゃと言います。そいう中で百年以上もの間、形が神道の形態をとらしてもうてたんですけど、神道でない金光大神の信心を貫いてきたことは、大変なことをなさってこられたなと。その間、教祖様が亡くなり、形は神道の形をとっていたんですけど、それは借りな仕方がなかった。お道が潰されてしまう。神道の形をとっていたんですけど、どこまでも金光大神様のご信心を貫き通された、歴代金光様、あるいは各先生方は、すごいなという思いを改めてさせられます。私たちは形にすぐとらわれてしまいやすいけども、中身が大事です。
 例えば結婚式でもそうや。高い金出してゴンドラ乗って、なんぼそんなんしたかて、中身なかったら話しにならへんが、鍋、釜さげてという思いになるのが一番大事でしょうが。結婚しても形ばっかりやって、別れてしまう夫婦がありますわな。何が大事かということを常に押さえとくことがいります。有り難うございました。

(平成十年八月三日)


お願いするにも道筋がある

 自分から日切りをして願え。一週間とか一日とか、今のことを今とお願い申して、おかげを受けよ。一度日切りをしてお願いし、おかげのしるしがなければ、重ねて願え。それでもしるしがなければ、なおもう一度と、三度までは押して願え。願主があきらめてはいけない。押して願っておかげを受けよ。(『天地は語る』一七六)

 今日のみ教えの「日切りをして願え、一週間とか一日とか、今のことを今として願え」と仰せです。次に大事なのは、「しるしがなければ、三度まで押して願え」ここがこのみ教えのみそなんですね。そやから、お願いしたり、御祈念してても、この筋道を知らんとお願いしてる人がほとんどね。来てまんのやけど、手叩いてますんやけども、参ったけどあきませんでしたという人がほとんどですね。お願いするにも、お願いしていく道筋がある。
 「しるしがなければ」とおっしゃる。この「しるし」というもの。ところが、問題があってお願いしたら、そのこと全部、十なら十とも、うまいこといくように、うまいこといくように思う。これタナボタや。お願いしたことに対して、必ず「しるし」を頂ける。良きにつけ悪しきにつけ。「しるし」を頂くことが出来る。ヒントをもらえる。そのヒント、「しるし」がなければとおっしゃる。「三度まで願え」と三度の間に必ず神様が善し悪しの「しるし」をくだされたり、病気でいうたら、ちょっと熱が下がったり、相手の気持ちが変わったり、こちらの心がフッと広くなったりということ。
 例えば百万円のお金が都合つかなんだら、あかんと思う。ところが、十万円スッと入ってきた。その時に「まだ九十万円足りまへんねん」とお願いしたらあかんねん。ここが大事なところ。「神様お働きくださっております。有り難うございます」とお礼を申し上げて、元気を出して頑張らしてもらうという。そこが大事なところ。「百万円足らなんだら、百万円とも無かったら手形落ちませんわ」とこうなってしまう。それで、神様のおかげをシャットアウトしてしまうんですね。ここで大事なのは、「今のことを今で願え」必ず「しるし」をくださるので、それを見逃さんようにさしてもらわないかん。
 「三度まで押して願え」と。ここが色々な事が起こって、おかげを蒙っていかないかん時に、おかげを蒙っていく大変なキーポイント。ところが案外これ解らないんですね。うろたえてるから、お願いする者が、大抵はうろたえてしもうてるから、右往左往してるから解らん。


 それから、また色々な事が起こってきて、「何でこんなこと起こるんやろう」という思いになる。その「何でこんなこと、起こってくるんやろう」という時に、自己保身のための、「私はちゃんとしてんのになあ。私はちゃんとやってますのになあ。何でこんなこと起こってくるんやろう」と。
 次は、長年信心してる人は、次の逃げ道を見つけ出す。「これも何かの神様のご都合かいな」と言うてる。信心して間もない人は、そうは思わない。「何でこんなこと、おこるんやろうな、私は、何にも悪いことしてないのに。何と私は不運な人間なんでしょう」と信心間もない人は、そこで止まる。
 長年信心してる人は、「これも何かの神様のご都合かいな。しゃあない。信心で受けさしてもらいましょう」と。「信心で受けさしてもらいましょう」言うのは大概神様のせいにしてる、「これも何かの神様のご都合かいな」とこう言ってる。
 そうじゃない、「何でこんなことが起こるんかいな」と。ここまでは一緒やねん。「神様は何を私に教えてくださっているのかな。どこを改めさせようと教えてくださってるのか」。そっちへいかないかんねん。皆これ逆さましてますね。大概逆さましてます。
 何でこんなこと起こるねんな。自分中心、自分はちゃんとしてるんのに、何でこんなこと起こりますんやなと。長年信心してる人は、「これも何かの神様のご都合かいな」そっちへスーと流れていきますね。そうじゃなしに、「何でこんなこと起こるんかいな。神様は何を教えようとなさってるのかな。どう改まらしてもらおうかな」。ここにお取次頂くことが出来るんですわ。
 皆お取次頂くというと、お願いごとのお届けはするんやけれども、「何で、どこを改めさして頂きましょうか」というお届けなんてほとんどない。そやから、「千人いてて一人の信者がおるかな」と教祖様がおっしゃってます。人間はどうしても保身の方へまわってしまいますね。それは、神様とあいよかけよにどうしてもならんのですな。神様とあいよかけよとなる。神様は人間のことを願い思い、祈り、そして助かってくれ、大きゅうなってくれ、立派になってくれと、願ごうておられる。そして、色々なシグナルも与えてくだって、ノックも与えてくださっておられる。それをこちらが頂ききれんと流してしまう。
 今日は具体におかげを頂くために、ものすごく大事なところを教えて頂いてますね。問題が起こってきて、具体的におかげ頂くための、大切なところを教えて頂いております。何が起こってくるか解りません。生きるということは、そういうことでありますんやけれども、我々は信心して起こってくることは、神様との関わりの中で起こってくることじゃと思わさして頂く。神様を常に意識さして頂くいうことが大事なことやと思います。有り難うございました。

(平成十年八月四日)

一人一人が現実の生活の中でしっかりと神様につながる

 今日、子供たちが御本部の全国大会のキャンプに、行かして頂くことが出来ました。有り難いことであります。私も、若い時には、野営長やらリーダーをさしてもらいました。今は何でもインスタント時代でありますが、キャンプでは一から竃を作って、薪焚いて慣れない手で包丁持って…と。ほんとに良いことだと思う。
 しかし、あれ、たまにやからええの。毎日やったら、あれバテテしまう。あれたまにやるからおもしろうてな。非日常的やから面白い。あれがずっと続いてごらん。扇町公園で毎日キャンプしてる人いますもん。テントで毎日キャンプしてるの、あれ惨めやと思う。たまにやからあれ面白いの。面白うてな、ワアワア言うて出来るんであって。あれ毎日やったら、困りますわな。
 こういう体験経験をさしてもろうて、人と人との輪と言いますか、仲間作り、キャンプの参加した仲間いうのは、ものすごく仲が良い。共に苦労するということなんですな。
 ところが、共に苦労するでも、共に苦労したら、もうイヤになって腹立ってくるというのも時にある。限られた時間の、限られた所においての共に苦労するんですから、良いんでしょうね。


 御本部に学院という一年間修行するところ、これは、一年間のキャンプやと思うたらいいんですわ。まるまるもってね。一年間の共同生活であり、質素倹約であり、朝の早ようから起こされて、拭き掃除に、掃き掃除に、それはそれは一年間のキャンプや思たらいい。
 規則があり、大変なもの。私らの時は、全国各地から百二十名もの人がやって来ました。都会育ちがあれば、田舎育ちもあり、色々な所からやって来ました。九州の山奥の教会でしたけど、もう九州弁がひどうて、最後まで何言うてはるのか解らへんかった。最後まで「何言うとんのやろ」、しゃないから向こうが笑うから、こっちもニコッと笑わなしゃない。後で聞いたら、あいつ笑ろてる時、怒ってる時やねんで。知らんがな、通じへんの。というような案配で、育った環境も違えば、全部違う。
 年齢も一番最高が七十代のお方から、高校すぐ出て十八歳の青年まで年齢も違うし、育った環境も違いますし、色々なもんが違う者が百二十人ほど、一年間厳しい生活をさしてもらう。二日や三日やったら協力出来るねん。それが、一年間という生活になってくると、もろに性格が出てきよる。育った環境がもろに出てくるんやな。三日や四日やったら、まだまだごまかしがきくし、もう一日辛抱したらええちゅうことが出来るんやけど。生活になってくるとそうはいかん。出てくる。
 朝の早ようから起きるのも、段々嫌になってくるし、掃除ばっかりするのも嫌になってくるし。そうすると、段々みな要領ちゅうものが出てくるんやな。要領よういきよるのが段々に出てくる。というような案配で、生活になってくるから、それぞれの育った環境、性格がずっと現れてくるんるやな。そうなってくると、人間関係がもめてくる。
 例えばお掃除でも、一生懸命にまじめにする人もあれば、さぼりよるのもおるし、色々なことがそこに出てくる。気の弱い者もあれば、気の強い者もあるしな、欲求不満が出てくる者もあるし、色々な百二十人が生活するんですからね。それが、豊かに生活するんじゃなしに、ギスギスの生活や。何もかもがな。シャバと違う。シャバ言うたらいかんね。豊かな生活と違う所へほりこまれるんやからな。毎日キャンプや。ヘトヘトになってくる。
 そいう中で各班に別れて寝食を共にする。それで、第何班は何処そこのお掃除から、ズーッと決まってある。各班が八人から十人いるの。班長、副班長いうのが決まってある。「班長、集合」言うて、この一月の日程が配られる。炎天下で草抜きも入ってある。真夏で草抜きが入ってある。私ら、都会育ちに草抜かしたかてあかんねんな。田舎の子は草抜いたら上手や。私らが草抜いたらシューとまた生えてきよるねん。草なんか触ったこと無い人間が、それでも草ぬかないかん。あれが一番私辛かった。虫やら、おりまっしゃろ、都会は虫いてへんねん。嫌やな思う。嫌やな思うのは、私だけ違うねん、都会育ちは皆嫌やな、思とんねん。私だけ嫌や思てへん、みな嫌や思てる。それが、修行いうたら修行なんじゃけどもな。私は班長でさぼる訳にはいかんねん。
 「第三班、何処そこの草抜き」
 「班長、私ちょっと遅れて後から行くわ」言うて来よれへん。
 「ちょっとこれやってから、後から行くわ」と言うて、出て来よれへん。あんなんばっかりや。
 そうすると、八人なら、八人の出来る量がありましょうが、それが二人欠け、三人欠けしたら、出来へんが、人の量が全面的に足らんが…。
 また冬の寒い時、雑巾絞りしたら、拭いた途端にローカがサッと凍るんやからね。冷たいバケツへ手を突っ込んで、雑巾絞りせんならん。
 「第三班、何処そこのローカ拭き」とこうなんねん。冷たい水に手突っ込んでせないかん。誰も来よれへん。皆抜けてしまいよる。
 そうすると、拭いてるこちら、炎天下草抜いてるこちらは、腹立ってくるねん。「あいつ、さぼりやがって」と。おもいしろいものですよ。腹が立ってくる。「あいつは要領ばかり、かましやがって」、終わって帰ってきたら、「すまんすまん」と言いよる。一回や二回だけやったらええで…。何回もやられてみい、こちらがどたまにくる。こっちが「あんにゃろうめ、さぼりやがって…」、もめないかん。


 さあそこでや、もめてる自分。人を責めてる自分。その自分が今度、苦しゅうなってくる。その時になって初めて、神様に心が向くようになってくる。人を責めてる自分がある。修行に来てて、人を大事にする稽古しに来てて、人を責めててどないしてんねん、という案配である。それがだんだんと見えてくる。自分の心が狭い心であるということが見えてくる。そうした時に「神様どうぞ、心を広うさしてください。人を責めないような自分にならせて下さい」という心が神様にやっとこさ向かう。それがすぐ向かえへんねん。スッタラもんだら、スタッらもんだらして、人を責め倒して、ケンカみたいになってくる。さぼってばっかりするやつ、要領ええやつとね。
 そう思った時に、ああ自分はここに何しに来てんねんと。人を責めに来てんのか、人を大事に出来るようにここに来てるのか、そうすると、自分の心の狭さ、小ささが何をしておるんかいうことで、相済まんことじゃたとお詫びが出来たり、自分の心の狭い心を広うさしてもらいますようにとお願い、お詫びが出来たり、また、こんな狭い心の自分と一緒に寝起きしてくれる、寝食を共にしてくれる皆に、有り難うございますとお礼を申すことが出来るようになる。まあこれ出来るのに一年かかっとる。ここが大事なことなの。


 二、三日のキャンプでワアー、ワアー言うてるのは行事やねん。ここ気を付けないかんのは、教会でも色々な諸行事をするんですけど、ワアーワアー言うてたかて、一つも信心になれへんのね。ワアーワアー言うてたかて、信心になれへん。あれは単なる行事で「おもろかったな。私はあんなん嫌やわ」そんな程度のものは、一つも神様へ向いてへんねん。
 扇町教会もちょっと行事止めようか思うぐらい。諸行事いっぺん止めてな、一人一人がキッチリ神様へ向く稽古せんと、ワアーワアー言うて、諸行事やってたら「やれた。お役に立った」そんな程度でお役に立つはずがあれへん。「あの人がこう言うた、ああ言うた」そんな程度のところでは全然話しにならん。ほんまものにならしてもらう。ほんとにならしてもらうには、一人一人が神様へしっかりと向かないかん。
 ところが行事をやっていたら、行事にごまかされてしまうねん。行事してたら信心してるみたいな気になってしまう。そんなものでは、信心にならん、神様とつながらん。一人一人がしっかりと現実の生活の中で、神様に向こうていくことが大切。
 そやから行事に熱心な人は、案外信心してない人が多いですね。一つも神様につながってへん。教会来てるから、格好はついてるねん。格好はついてるんやけども、ほんとに自分の命と神様の命とつながってるか、いうたら危ない。気をつけないかん。なんやワアー、ワアーやってたら、なんかやってる気になる。行事も神様に関わってのことやから、色々やることも、それがほんとに神様としっかりと、根づいておるか神様の方へ向いておるか言うたら、ほんと危ない。気をつけないかん。
 いっぺん行事を外してみて、ほんとに神様に向かわしてもろてるかどうか、そこが大事なことでな。行事ばっかりやってたら、何にもならんということですな。しかし、まあ子供たちはあのように体験さしてもらうことは、良いことであります。大いに体験さしてもろうて、楽しい数日過ごしたら良いかと思います。有り難うございました。

(平成十年八月五日)